村上政彦・著『ぶらーり文学の旅』毎日書評

『ぶらーり文学の旅』について

　北海道から沖縄 まで 、47都道府県を舞台にした53人の作者 による53作が取りあげられている。作品の選択は幅広い。愛媛は夏目漱石の『坊つちやん』、東京は村上春樹の『かえるくん、東京を救う』、秋田は内田百間の『第一阿房列車』、,中縄は『山之口猿詩集』。

　小説家である著者の国語体による的を射た解説で自然に作品世界に導かれる。背景となる風土、作者の人となりは簡潔な文章で描写される。

　例えば三重は梶丼基次郎の『城のある町にて』。舞台となるのは松阪市。梶丼の「今、空は悲しいまで晴れていた。そしてその下に町は甍(いらか )を並べていた」から始まる切れ味鋭い文章を引用後に、「この一文は、城跡に碑として残されています。僕も帰省の折、城跡から松阪の町を見下ろして、梶丼もここに立ったのか、と深い感慨を覚えたものです」と感想が書き加えられる。

　「帰省」というのは松阪市が著者の要の実家だからで、こういう細部が読者と早世の作家、梶丼との距離をぐんと縮め、紹介された作品を読んでみたくなる。文学作品の入門書としても旅のお供としても適　した本である。 (玉 )